カッコつけてしまいましたが『余命10年』を見てきた勢いでこんなタイトルとなりました。後半MRIでの右室評価についての記事となります。
※MRIメインなのでこの記事で作品のネタバレはしません。
肺動脈性肺高血圧症
映画『余命10年』は原作の小説をもとに作成されており、主人公の女性は20歳の時に難病を患い死に向かって生きる様が描かれています。
その難病が”肺動脈性肺高血圧症(PAH)“なのですが、従来では原発性肺高血圧症PPHと呼ばれていました。
※PAH:pulmonary肺 arterial動脈 hypertension高血圧
肺動脈が異常に狭くなりその名の通り、肺動脈圧が上昇するため右心に負荷がかかり右心不全へ進行します。
2000年以前の報告によると未治療の場合の平均生存率は2.8年と短く、治療薬が登場してから近年では1年生存率97%、3年生存率92%、5年生存率85%との報告があります。
発症頻度は100万人に1~2人であり、男女比は 1:1.7 と女性に多く、妊娠可能年齢の若い女性に好発します。
PHA妊婦と児のリスクは高く、治療薬のない時代では死亡率はそれぞれ30〜56%(妊婦)、11〜28%(児)と報告があります。原因は妊婦は右心不全、児は未熟性によります。
妊娠すると循環血液量は増加し肺動脈圧が上昇するため現在でも妊娠中、特に分娩後の死亡率は高く、日本循環器学会のガイドラインでは「PAHの女性は妊娠すべきではない」と勧告しています。また妊娠した際には中絶を促すべきとされています。
命を守るためにはしょうがないですが酷ですね。
肺循環
健常者では肺細小動脈は拡張しやすく予備血管床も多いため肺血流量が増加したとしても血管抵抗性を下げられるので肺動脈圧は上昇しません。
しかしPAH患者では肺動脈の壁が厚く硬く、予備血管床は消失し肺血流量が増加すると血管抵抗性は低下できず肺動脈圧が上昇してしまいます。
正常の体循環は高流量で高圧循環なのですが、それと異なり正常の肺循環は高流量で低圧循環となります。
その圧は体循環の約1/5の低圧循環です。
そのため右心室は解剖学的に左心室と異なり、右室心筋は圧負荷に非常に弱い性質があります。
肺高血圧となると後負荷(収縮時の負荷)が強くなり右心室は代償性に肥大します。
そうなると心拍出量を保つことが難しくなり前負荷(拡張時の負荷)を増やすことで代償性に拡張して心拍出量を維持しようとします。
結果、肺高血圧では右室肥大とともに右室拡張を伴います。
※肥大→心筋が厚くなる。拡張→心臓が大きくなる。
(MRIシネ短軸像では心室中隔が左室側へ偏位します。)
ある一定の負荷までなら右室の拡張により心拍出量を保ちますが、しだいに右室心筋は疲弊して代償できなくなり三尖弁逆流により右室拍出量の低下、右房厚上昇や中心静脈圧上昇という右心不全に陥ります。
さらに進行すると拡張した右室により左室が狭小化、前負荷(拡張時の負荷)の減少により機能も低下して左室も心拍出量を保てなくなり両心不全となります。
MRIによる右室評価
心臓に対する画像検査の中でもMRIは容積解析のゴールドスタンダードとされています。
冒頭から肺動脈性肺高血圧症PAHについて述べてきましたが、ここからは大きなくくりとして肺高血圧症PHとして扱っていきます。
シネ画像解析
右室内腔容積、壁重量、右室駆出率が算出できます。
先ほども記しましたが、主に①右室内腔容積の拡大、②右室壁の肥厚、③心室中隔の左室側への偏位(D-shape)が観察されます。
D-shapeとは心室中隔が偏位することで正常では円形の左心室がアルファベットの”D”に見えることに擬えて呼ばれます。最大径と最小径の比からD-shapeの偏平度を評価し正常では1になりますが中隔が偏位してくると値は大きくなっていきます。
他には右室内肉柱の発達、右房内腔容積の拡大、肺動脈の拡張、心嚢液の貯留なども見られます。
遅延造影
心筋の障害、アミロイドーシスやサルコイドーシスなどに対しても行われると思います。
ご存知かもしれませんが、Gd造影剤は投与後約10分で心筋細胞外液腔に移行し、健常心筋ではwash outされるのですが、障害を受けている心筋では細胞外スペースや障害された細胞内に留まります。
そのためわざと時間を置いてから撮像することで異常心筋のみが高信号としてとらえられます。
肺高血圧症では両心室と中隔の接合部で浮腫や繊維化が生じると推測されこの部位で遅延造影されます。
T1 mapping
脂肪沈着するFabry病なんかが有名でしょうか。
T1 mappingは組織固有のT1値を画像化するものです。
遅延造影は局所の造影効果は観察しやすいもののびまん性に造影効果のあるものでは描出されにくく、これらの検出に優れております。
浮腫や繊維化がある部位ではT1値が延長します。
また造影剤を用いると細胞外容積分画ECVを算出可能であり、右室接合部での上昇が見られるとの報告があり早期の右室障害の指標と期待されているようです。
ストレイン解析
心筋ストレインとは、心筋組織の変形を意味しており一般的に拡張末期の心筋の長さを基準としてそこから何%伸びたり縮んだりしたかで表すものです。
評価法としてtagging法やSENCを用いた方法などがあり、肺高血圧症では右室のストレインが低下します。
しかしストレイン撮像はただでさえ長い心臓検査をさらに圧迫してしまいます。
近年ではシネ撮像された画像を用いて後解析により心筋ストレインを評価するfeature trackingというものがあります。
血流量計測
phase contrast法を用いて血流の定量評価を行います。
対象血管を血流方向と垂直な断面で撮像しROIを設置することで通過する血流量を計算し定量化できます。
右室駆出率はシネMRIでも評価してましたが肺高血圧症では高率に三尖弁逆流があるため右室機能を正確に反映しない可能性がありました。そこでPC法を組み合わせ得ることでより詳細に右心機能を把握することが可能となります。
その他
4D-flowでは視覚的に流れの形状把握ができ、正常では肺動脈内血流が層流であるのに対し、肺高血圧では肺動脈の拡大により渦流となります。
また、カテーテルを用いて右室の固有機能指標を算出できるようです。
さいごに、まとめと映画の感想とか
MRIの心臓検査では左心室病変についてピックアップされることが多いですが、今回は右心室についてでした。
肺高血圧症について専門に取り扱っていなければ検査することは少ないでしょうし、MRI認定試験でも右室評価について問われる可能性は低いんじゃないかと思います。
ですが、肺高血圧症ではシネでどのような形態を示すか、右室の機能はどうなっているか、遅延造影ではどこに注目するべきかなどくらいは把握しておくと役立つことがあるかもしれませんね。臨床でも試験でも。
余命10年の作品についてですが、原作は知らなく映画で初めて知りました。
個人的には感動しましたし見て良かったなと本心で思いました。
映画を見終わり一緒に行った妻にいい映画だったねと言おうとしたら「こいう系の王道だったね、泣きはしなかったわ」って言われました。。僕は「そうだね」と言いました。
映画館でも上映中ずっと泣いてる方もいました。ただ若い方の方が感情移入しやすくて泣けるのかなと。
作中でレントゲン写真や心電図がちょっと出てくるので職業柄少し反応してしまいました。レントゲン写真では徐々に心拡大しているのがわかります。
映画を見た後すぐに原作の小説を買いました。
まだ読み切ってはいませんが個人的には読みやすく感じます。おそらく相性があり、普段から小説を読んでいて大人な文章が好きでしたら合わないかもしれません。
内容は映画という2時間の枠では表しきれなかった主人公の気持ちや考えが細かく記されており余命宣告された方の目線で描かれています。
この作者自身もある病気を患っており、それがリアルな表現につながっていたのかもしれません。
またこの映画を見るまで恥ずかしながら『肺動脈性肺高血圧症』のことはよく知りませんでした。
肺高血圧だから右心に負荷がかかって〜心拡大して〜なんかはわかりますが難病だったとは分からず。
おそらく病院で働いている以上、身近に余命宣告されている患者さんや不治の病気を患っている患者さんがいるかもしれません。
多くの病気を知ることはより良い検査にもつながりますし、その患者さんの気持ちを少しでも汲むことができる可能性があります。
知識は検査のためだけではないなと感じました。
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